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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)1037号 判決 1987年8月27日

原告 平山武雄

原告 平山昭子

右訴訟代理人弁護士 喜治榮一郎

被告 日本化学防火株式会社

右代表者代表取締役 三由與一郎

右訴訟代理人弁護士 松村美之

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 第一次的請求

昭和六〇年二月二八日、京都市上京区荒神口通河原町東入宮垣町九六番地の被告会社本店において開催された被告会社の定時株主総会(以下本件総会という)における別紙記載の決議は不存在であることを確認する。

2. 第二次的請求

本件総会における別紙記載の決議を取消す。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告らの請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 昭和五九年七月一四日以来、原告平山武雄(以下武雄という)は、被告会社の代表取締役であり、同平山昭子(以下昭子という)は、同会社の監査役である。なお、原告らは、被告会社の株主ではない。

ところで、原告武雄の取締役の任期は、前任者の残任期間とすれば、昭和六〇年二月二八日をもって形式上満了することになる。しかし、本件総会は、武雄の取締役解任の実質を有するものであり、本件決議が取消された場合、同人の取締役たる地位復帰の可能性を有する。また、原告昭子については、同人の監査役の任期は、武雄の場合と異なり、前監査役の任期中の選任ではないから、本訴提起時は監査役の地位にある。本件総会に提出された同人の辞任届は、被告会社によって偽造されたものである。従って、原告らの本件株主総会決議取消の訴えは、適法である。

かりに、原告らに本訴取消訴訟の適格性が否定されるとしても、原告らが第一次的に求めている株主総会決議不存在確認訴訟は、その提起権者に制限がないから原告らの訴訟適格に問題はない。

2. 被告会社は、昭和六〇年二月二八日京都市上京区荒神口通河原町入宮垣町九六番地の被告会社において定時株主総会を招集して別紙記載の決議をした、と主張している。

3. 被告会社の本件総会については、その開催の日時、場所、会議の目的たる事項等について取締役会の決議がないばかりか全株主にその招集通知がなされておらず、現実に開催された事実がない。従って、本件総会における別紙記載の決議も、単に議事録に記載されているのみで、不存在と言うべきである。

4. かりに、本件総会決議が不存在ではないとしても、前項記載事実のほか本件総会の招集手続及び決議の方法には以下のように虚偽に基づく瑕疵があり、本件総会の決議は取消しを免れない。

(一)  総会が承認決議した計算書類は、監査役の監査を受けていない。調査報告書に捺印された印鑑は監査役のものではなく、同書は偽造されたものである。

(二)  監査役が総会に提出している辞任届は、本人の意思によらない偽造のもので、それに捺印されている印鑑は勿論偽造のものである。

(三)  監査役が本件総会に出席して監査結果を報告したように議事録は作成されているが、全く出たら目な粉飾である。

よって、原告らは、被告会社に対し、第一次的に、本件総会においてなされた別紙記載の決議が不存在であることの確認を求め、第二次的に、右決議の取消を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 同1について

本件総会以前に、原告武雄が被告会社の代表取締役であり、同昭子が同会社の監査役であったこと、原告らが被告会社の株主ではないこと、及び、本件総会に提出された昭子の辞任届が偽造されたものであることは認め、その余は否認する。

ところで、被告会社の定款によれば、役員の任期は取締役二年、監査役一年であり、かつ他の役員の任期中に選任された者の任期は、現在役員の残任期間と同一であるところ、原告ら両名の残任期間は昭和六〇年二月二八日迄であって、同日の経過と共に原告らは、再任されていない関係上当然に取締役、監査役の地位を喪失した。総主総会決議取消の訴えの提起権者は、株主、取締役、監査役とされ、これは訴え提起時に右の資格地位を有する者に決議取消の訴えを許したものと解されるが、昭和六〇年二月二八日をもって取締役、監査役の地位を失った原告らが、本件訴えの提起された同年五月二七日当時、その資格地位がなかったことは明白である。本件総会の決議が如何なるものであっても、取締役、監査役の地位を任期終了により退任し、以後会社とは何ら関係のない第三者の立場になった原告らには、決議取消や決議不存在確認の訴えをする資格はなく、また訴えの利益も存しないものである。

なお、被告会社が原告らを選任扱いしたのは、形式上原告らの名誉を考えてのことであり、実質的にはいずれも解任である。

2. 同2の事実は認める。

3. 同3について

原告主張の取締役会の決議がなされていないこと及び本件総会の招集通知が発せられていないことは認めるが、本件総会決議が不存在であることは否認する。すなわち、本件総会は、昭和六〇年二月二八日、被告会社本店かつ同会社唯一の株主である三由與一郎の住居で、同人の出席のもとに開催され、別紙記載の決議がなされているのであり、原告主張の決議不存在は理由がない。

4. 同4について

(一)ないし(三)の事実は、いずれも認める。ただし、(二)について、原告昭子の退任は前記のとおり実質的には解任であるところ、監査役の解任は株主総会の専権事項であるから、昭子の辞任届が偽造であっても、決議の効力には何らの瑕疵もない。

5. 原告らは、本件総会決議の日から三か月を経過した後の昭和六一年二月二一日になってから、取締役会での決議の不存在を取消事由として追加した。しかし、株主総会決議取消の訴えは決議の日から三か月以内と制限されており、したがって、決議の瑕疵の理由の主張も右三か月以内にされねばならず、右期間経過後は、取消事由の追加は許されない。

三、抗弁

被告会社においては、三由與一郎が代表取締役でありかつ唯一の株主であるので、本件総会については、三由の承諾のもとに取締役会の決議や招集通知を省略し、同人の出席のもとに開催し、別紙記載の各決議をしたのである。被告会社のような一人会社においては、その一人の株主が出席すればそれで株主総会は成立し、招集の手続等を要しない。従って、本件総会には決議不存在又は決議取消の原因となる瑕疵が存在しない。

四、抗弁に対する認否

争う。但し、三由與一郎が被告会社における唯一の株主であることは認める。

第三、証拠<省略>

理由

一、1. 請求原因1の事実については、昭和五九年七月一四日から本件総会まで、原告武雄が被告会社の代表取締役であり、同昭子が同会社の監査役であったこと、原告らが被告会社の株主ではないこと、本件総会に提出された昭子の辞任届(乙第四号証の二)が偽造されたものであることは当事者間に争いがない。

2. ところで、被告は、原告らに本件総会決議の不存在確認を求める利益や本件総会決議の取消を求める権利がない旨主張するので判断する。

(一)  成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第四号証の三、同第六号証、原告武雄の記名押印部分を除いて成立に争いのない乙第四号証の一、被告代表者及び原告武雄各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、被告会社の定款には、役員の任期は取締役二年、監査役一年であり、かつ他の役員の任期中に選任された者の任期は、現在役員の残任期間と同一であると規定されていること、原告らは、昭和五九年七月一四日、ともに前任者の任期中、それぞれ前任者に代わって取締役、監査役に選任され、その任期は本件総会期日の昭和六〇年二月二八日迄であること、原告らは本件総会において再任されていないこと、本件総会において別紙記載のとおり選任された新取締役、新監査役を含めて被告会社の取締役は三名、監査役は一名であることが認められる。

(二)  右の認定事実によれば、原告らは、新しい取締役や監査役を選任した本件総会の決議が不存在である旨確認され又は取り消されることにより、任期満了後も新任の取締役や監査役が就任するまで取締役や監査役の権利義務を有するから、本件総会決議の不存在確認を求める利益や右決議の取消を求める権利がないということはできない(商法二五八条一項、二八〇条一項)。

二、請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三、そこで株主総会決議不存在の主張等について判断する。

1. まず、株主総会決議不存在の主張について

(一)  請求原因3の事実のうち、本件総会の日時、場所等を決定する取締役会の決議がないこと、本件総会の招集通知が発せられていないことは当事者間に争いがない。

ところで、原告は、本件総会が現実に開催された事実はなく、別紙記載の決議も不存在である旨主張し、これに沿う証拠として原告武雄本人尋問の結果があるけれども、これは被告代表者本人尋問の結果に照らしたやすく措信できず、他に右主張を認めるに足る的確な証拠はなく、却って成立に争いのない乙第三号証、前顕乙第四号証の一、被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告会社の株主総会が、昭和六〇年二月二八日、同会社の本店(かつ株主である三由與一郎の住居)において、同会社の代表取締役である同人の出席のもとに開催され、別紙記載の決議がなされたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  そこで抗弁について判断するに、被告会社においては前記三由與一郎が唯一の株主であることは当事者間に争いがない。

ところで、取締役会の決議を含む総会招集の手続に関する法の規定は全株主に出席と準備の機会を与えようとする趣旨に出たものであり、被告会社のような一人会社の場合には、そのような考慮は全く不要であり、総会にはその一人の株主が出席すればそれで成立すると解すべきである。(最高裁昭和四六年六月二四日判決民集二五巻四号五九六頁参照)。

(三)  そうすると、被告会社においては三田與一郎が代表取締役かつ唯一の株主であり、前記のとおり本件総会は同人の出席のもとに開催され、別紙記載の各決議がなされたのであるから、右各決議が不存在である旨の確認を求める原告の請求は失当である。

2. 次に、株主総会決議取消の主張についてみるに、

(一)  請求原因4の(一)ないし(三)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。なお、本件総会の日時、場所等を決定する取締役会の決議がないこと及び本件総会の招集通知が発せられていないことは先に判示したとおりである。

(二)  ところで、請求原因4の(一)の監査役の監査制度は株主の利益保護のためのものであり、前記認定事実によれば被告会社の代表取締役で唯一の株主である三由與一郎において監査役の監査を受けていないことを熟知のうえ計算書類承認の決議をしたものというべきであるから、そうすると右計算書類に監査役の監査を受けていないことは決議取消の原因とはならないし、また同4の(二)は、原告昭子の退任についての瑕疵となりうるにしても、決議取消の原因とはならない。更に同4の(三)も、監査役の総会における監査結果の報告が決議の要件ではないから、それについての議事録の記載が虚偽であっても、決議取消の原因となるものではない。

(三)  また、原告らが別紙決議の日から三ケ月を経過した後の昭和六一年二月二一日の第二回準備手続期日において、取締役会での決議の不存在を取消事由として追加したことは、当裁判所に顕著である。ところで、株主総会決議取消の訴えを提起した後、商法二四八条一項所定の期間経過後新たな取消事由の追加主張を許すとすれば、瑕疵のある決議の効力を早期に明確にさせるという右規定の趣旨は没却されてしまうから、右所定の期間は、決議の瑕疵の主張を制限したものと解すべきである(最高裁昭和五一年一二月二四日判決民集三〇巻一一号一〇七六頁参照)。そして、取締役会の決議の不存在は、総会招集手続の瑕疵の一種であるからその限りにおいては従前主張していた招集通知の不発送と類似性を有するけれども、後者の主張に含まれない取消事由であって証拠調の対象を異にするから、右両者を実質的に同一の取消事由であると認めることはできない。従って、原告らの本件取消事由の追加は、期間を経過した後に新たな取消事由を追加主張するものであって許されない。

(四)  そこで抗弁について判断するに、前記のとおり本件総会の招集通知は発せられていないのであるが、先に株主総会決議不存在確認請求の抗弁の項(三1(二))で説示したところと同一の理由により被告の抗弁は理由がある。

(五)  以上の次第で、被告会社の唯一の株主で代表取締役でもある三由與一郎出席の本件総会でなされた別紙記載の各決議の取消を求める原告の請求は失当である。

四、よって、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判音 矢代利則 裁判官 重吉孝一郎 足立哲)

<以下省略>

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